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【鈴木愛】家族がした決断は「みんなで鳥取に引っ越す」だった。

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9月8日から4日間の日程で行われた、「日本女子プロゴルフ選手権大会コニカミノルタ杯」。
14年10月の日本女子オープン選手権での鈴木愛選手の優勝以来、日本勢の勝ちがなかった公式戦で、負の連鎖を止めたのは、鈴木愛選手でした。
この日本女子ゴルフ界に大きな存在を放つ、鈴木愛選手についてまとめました。

鈴木愛選手のゴルフ略歴

1出典 サンスポ
徳島県出身の鈴木選手がゴルフを始めたのは、11歳の時。ゴルフが趣味のお父さんやその時、「日本女子プロゴルフ選手権大会コニカミノルタ杯」で最年少優勝を果たした宮里藍選手の影響だったそうです。
15歳中学3年の時に「四国日本女子アマ」で優勝。高校に入ってからは、2011年、2013年の2度「中国女子アマ選手権」で優勝しています。そのまま2013年にプロテストの合格しました。そしてなんと宮里藍選手に憧れて入った少女が「日本女子プロゴルフ選手権大会コニカミノルタ杯」で最年少で優勝を果たし、憧れの人を自らの力で抜きました。
とここまでみると、才能があっての選手なのかと思いがち。
しかし、鈴木選手がこんなに活躍できたのは、家族の大きな支えがあったからなのです。

家族がした決断は「みんなで鳥取に引っ越す」

中学3年の時点でゴルフの才能が開花し、様々な強豪高校からも注目されていた鈴木選手。しかし、団体行動が苦手な鈴木選手にとって、部員数が多い強豪校は性に合わず進学先として選んだのは、それまでゴルフ部がなかった鳥取県倉吉北高校。
バックアップを約束され、部員2人から創部しました。倉吉北高校がゴルフ場から近かったということも選んだ理由の一つだそうですが、なんとも勇ましい決断です。
地元徳島を出て、鳥取に移ることになり寮生活がスタートしました。
しかし寮生活が合わなかった鈴木選手。家族がした決断は「家族みんなで鳥取に引っ越す」というもの。これもまたなかなか勇ましい決断です。
お父さんは3代続いた製材業を辞めました。また、鈴木選手には姉、妹、弟がいますが、兄弟全員も鈴木選手のゴルフのために転校を決めます。お父さんはゴルフ部のコーチとして、お母さんは学内の食堂で働き、家族全員で鈴木選手のゴルフをサポートしました。さすが鈴木選手のご家族です。
これは鈴木選手がプロになり、家族の大黒柱となってほしいという切実なご両親の気持ちと大好きなゴルフを没頭してほしいという親心からだったようです。

鈴木愛選手の圧倒的努力

そのご両親、ご家族全員の期待に応えた鈴木愛選手は、プロになってからも全試合を見ているお母さんが、止めたくなるほどの“練習の虫”。
試合会場で、日没までパットの練習を繰り返す姿がよくあります。秋、冬とだんだん日照時間が短くなっても練習時間が短くなることはありません。暗くなってもお母さんにスマートフォンのライトでボールを照らしてもらいながら、黙々と練習しています。
今回の「日本女子プロゴルフ選手権大会コニカミノルタ杯」では3日目を終えて、首位と5打差の10位。
試合後は練習場へ行き、誰よりも遅くまで練習していました。結果大逆転で優勝。
現時点で今季の平均パット数が約1・75の1位というのは、この練習量から得た賜物です。

「これを沈めたら抜け出せる。入れる自信はありました。だって誰よりも練習しているという自負はあるし、練習はウソをつかない」。
試合後、試合中の思いをこう語った鈴木選手。
誰よりも周囲を巻き込み、誰よりも練習することを妥協しなかった鈴木選手だからこそ、鈴木選手にとって縁ある「コニカミノルタ杯」で再び栄冠を手に入れられたのでしょう。

まとめ

2
出典 日本女子プロゴルフ協会

プロ3年目。まだ22歳。こんなに負けず嫌いで周囲を巻き込む力を持つ鈴木愛選手は、今後の活躍がますます期待できる、ゴルフ界の女王になりうる逸材です。

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